東京高等裁判所 昭和40年(行コ)23号 判決
一、(一)学校教育法第五一条によつて高等学校に準用される同法第二八条第四項は、教諭の職務として「教諭は児童の教育を掌る。」と定めているから、右規定を平面的に文理解釈するときは、教諭の職務は児童の教育を掌ることのみにあると解する余地がないわけではないけれども、学校教育法第二八条は教育活動を目的とする人的・物的要素の総合体である学校営造物の各種職員の地位を明らかにするため、その主たる職務を摘示した規定と解すべきであるから、同条第四項の規定を根拠として児童に対する教育活動以外は一切教諭の職務に属しないものと解することは許されない。
もとより教諭は、児童生徒の教育を掌ることをその職務の特質とするのではあるが、その職務はこれのみに限定されるものではなく、教育活動以外の学校営造物の管理運営に必要な校務も学校の所属職員たる教諭の職務に属するものと解すべく従つて学校施設・物品・文書の管理保全および外部連絡等の目的をもつて行われる宿日直等もこの意味において教諭にこれを分掌すべき義務があり、上司たる校長は教諭に対し、職務命令をもつて宿日直勤務を命ずることができ、右勤務を命ぜられた教諭は、あえて法令の規定をまたず職務としてこれに従事する義務があるものといわなければならない。
しかしながら教諭の宿日直勤務は、前に述べたとおり児童生徒の教育を掌ることを本来の職務とする教諭によつてなされるものであり、かつ教育公務員ともいえども、無定量の勤務に服する職務を負うものではなく、職務の定量性の保障があると解せられる以上、教諭の宿日直義務の範囲は、その目的において自らその限界が認められるべきであると同時に、本来の職務たる児童生徒の教育に支障を及ぼさない限度にとどまるものでなければならず、その限りにおいて教諭の附随的職務に属するものと解すべきである。この点に関し被控訴人は、教諭に宿日直義務があるとすれば、宿日直の際たまたまおこつた校舎の焼失についてもその責任の追及を受けることとなるから、宿日直が教諭の職務上の義務であるとの解釈は失当であると主張するが、教諭の宿日直義務については、その範囲において合理的限度があることは叙上のとおりであり、勤務内容も従来の慣行によつて自ら定まつているものと認められるので、被控訴人主張のような案件における教諭の責任の有無・程度についても、その義務内容に適応する解決がされるべきであり、従つて被控訴人の右主張は、もとより叙上の解釈を妨げるものではない。
(二)次に公立学校の教員である被控訴人は、教育公務員特例法第三条により地方公務員としての身分を有するが故に、地方公務員法第五八条第二により原則として労働基準法の適用を受けるものというべきであるから、教諭の宿日直勤務と労働時間及び休日に関する労働基準法第三二条、第三五条の規定との関係について考察する。
右の点について控訴人は労働基準法(以下法という。)第四一条第三号、同法施行規則(以下規則という。)第二三条が被控訴人の宿日直勤務の根拠規定であると主張する。
おもうに、労働基準法第四一条第三号は、労働密度が特に希薄で身体または精神の緊張の比較的少ない労働もしくは休憩時間は少ないが、手待時間の比較的多い労働に従事する労働者についてはその労働の特性のゆえに労働時間、休憩及び休日に関する厳格な法の規定を等しく適用することはかえつて均衡を失する結果となるとともに所属行政官庁の規制に委ねるときは特に法定の制限を加えなくとも当該労働力の保護に欠けるところがないとの趣旨に基いて設けられた規定であるから、同号にいう「断続的労働」とは、たとえば寄宿舎専属の寮母及び看護婦、交通量の比較的少ない踏切の警手等本来の業務が常態として断続的である場合のみを指称しているものと解すべき余地があり、かく解するときは断続的でない本来の業務を有する者がその業務終了后に断続的な宿日直勤務に従事する場合に関する規定である規則第二三条は、その規制対象を異にする点において法第四一条第三号を根拠規定とすると解することは困難であるのみならず、法第四一条第三号にもとづく施行規則第三四条の規定と規則第二三条とを対比すれば、両者のおかれている位置及びその規定の仕方、殊に前者は法第四一条三号の許可手続を定めているのに対し、後者は法第三二条のみの適用除外を規定していること等からみて、規則第二三条は、労働時間のみならず休暇、休日規定の適用除外を認める法第四一条第三号を根拠とするものとは認められないと解すべきが如くである。しかしながら法第四一条第三号の規定の前述の立法趣旨からすれば、右規定は、その規制対象を必らずしも断続的労働を本来の業務とするものに限定するものと解すべきではなく、他の業務に従事する者がその本来の業務以外にこれに附随して宿日直勤務に従事する場合においても、この両種の業務をあわせ一体として考察し、労働密度の点から適度の労働に亘らず、労働時間、休憩及び休日に関する法的規制を宿日直勤務に関する限り除外しても労働力の保護に欠けるところがないと認め得られる場合をも包摂する趣旨の規定と解するのが相当であつて、規則第二三条は、法第四一条第三号に該当する特殊な場合の解釈規定と解すべきである。(もつとも右のように解するとしても、規則第二三条は、法第三二条の適用除外のみを明示しているので、法第三四条の休憩の規定及び同法第三五条の休日の規定の適用までが除外されると解することについてはなお疑問が存在することを否定できないが、規則第二三条中の「法三二条」の文言は、例示に止まるものと解する。)しからば規則第二三条の規定は法律上の根拠を欠き憲法第二七条第二項に違反する無効のものということができないことは勿論である。
二、(一)被控訴人が昭和二九年以降勤務校である静岡県立富士高等学校において宿日直勤務をなし、これに対し、昭和二九年四月一日以降宿日直とも一回につき金二五〇円、翌三〇年四月一日以降宿直一回につき金一八〇円、日直一回につき金二三〇円の割合による金員が宿日直手当として支給されたことは当事者間に争いがないところ、原審証人加藤周一郎、同久野晴彦の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、昭和二九年頃から静岡県下の県立高等学校に火災が頻発したことにより、宿日直勤務の法的根拠、態様、手当等の問題が静岡県教育委員会、同県高等学校教職員組合その他の関係者の間において関心の対象となり、諸種の論議を呼ぶようになつた結果静岡県立富士高等学校長加藤周一郎において、ようやく昭和三二年二月一九日付で規則第二三条の許可を申請し、控訴人が同年三月七日右の許可を与えたことが認められるので、右許可の前後を通じて同高校における宿日直勤務の実態において相違するところがなかつたことは前段認定のとおりであるけれども、右許可の日たる同年三月七日以前の宿日直勤務には法定の手続を履践しない違法があつたことは明らかである。
そして、このように手続に違法のある宿日直勤務については、法第四一条第三号、同法施行規則第二三条によつて、労働時間、休日労働等の関係規定の適用除外が認められない関係上これを労働基準法上の時間外または休日労働と目し、超過勤務として取扱うべきであるとの行政解釈(昭和二三年四月二二日基収第一〇三九号、なお昭和二三年九月二〇日基収第三三五四号)が行われたけれども、そもそも超過勤務手当は、正規の勤務時間をこえて勤務することを命ぜられた職員に正規の勤務時間を超えて勤務した全時間に対し、勤務一時間につき、勤務一時間当りの給与額を一定の割増率によつて支給されるものであつて、本来の勤務の延長に対する給与にほかならないというべきところ、被控訴人のなした宿日直は、既述のところから明らかなように、その実態において法第四一条第三号規則第二三条にいう断続的労働に該当し、教諭としての本務に附随する職務と見られるべきものであつて本来の勤務の延長または変形ではなく、本来の勤務とは別個の労働であること、法第四一条第三号、規則第二三条の立法趣旨に照し、同条の許可は、その存否如何によつて時間外労働となるか否かを決するものとは考えられないことからすれば、被控訴人のなした宿日直勤務が右許可を得ない違法なものであつたことによつて直ちに右勤務に対して超過勤務手当等が支給されるべきであるということはできない。それ故本件宿日直勤務に対する手当の額が超過勤務手当等とひとしい額でなければならないとの被控訴人の主張は失当であるというのほかはない。
(二)よつて被控訴人に支給せられるべき宿日直手当の額について考察する。
教育公務員特例法の施行前は政府職員の身分を有していた公立学校の教育公務員は、昭和二四年一月一二日同法の施行とともに、同法第三一条の規定により当該地方公共団体の地方公務員に任用するものとされたか、当時はいまだ地方公務員に関する法律が制定されていなかつたので、同法旧第三三条は、「この法律もしくはこれにもとづく命令または他の法律に特別の定があるものを除くほか、公立学校の校長、教員及び部局長について必要があるときは別に地方公共団体の職員に関して規定する法律が制定施行されるまでの間は政令で特別の定をすることができる。」ものと定め、同法施行令(昭和二四年政令第六号)旧第一一条は、右規定を承けて「公立学校の教育公務員の給与については、国立学校の教育公務員の例による。」ことを規定し、公立学校の教育公務員についての前記の身分の変動によつて給与に関する根拠規定が空白状態となることを防止するため公立学校の教育公務員の給与についてはこれに関する法律があらたに制定されるまでの間は暫定的に従前の国立学校の教育公務員と同一の取扱をすることとしたのである。
しかして、その後昭和二五年一二月一三日地方公務員法が施行され、同法第二四条第六項は、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は条例で定める」また同法第二五条第一項は「職員の給与は右第二四条第六項の規定による給与に関する条例にもとづいて支給されなければならず、またこれにもとづかずにはいかなる金銭または有価物も職員に支給してはならない」と定め教育公務員特例法旧第三三条の規定を削除するとともに右にいう条例が制定施行されるまでの経過規定として同法附則第六項によつて「職員の………給与………に関する事項については、この法律中の各相当規定がそれぞれの地方公共団体に適用されるまでの間は、当該地方公共団体については、なお、従前の例による」ことと定めた。従つて宿日直手当の支給についても地方公務員に関する法律が制定施行せられるまでの間国立学校の教育公務員の例によるものとせられた公立学校の教育公務員は、右附則第六項によつて地方公務員法にもとづく条例が制定施行せられるまでの間は引続き国立学校の教育公務員の例によるものとせられ、静岡県においては昭和三一年九月一八日静岡県教職員の給与に関する条例の施行を見るまで右取扱がなされてきたものである。
しかるに国立学校の教育公務員の宿日直手当は、当初政府職員の新給与実施に関する法律の一部を改正する法律(昭和二三年法律第二六号―昭和二四年一月一日施行)第二一条により、超過勤務手当として支給されていたが昭和二七年一二月二五日施行の一般職の職員の給与に関する法律の一部を改正する法律(法律第三二四号)によつてあらたに第一九条の二の規定が設けられ、同条に基き昭和二八年一月一日から施行された人事院規則第二条により、「宿日直手当の額は宿直勤務又は日直勤務一回につき三六〇円とする。但し勤務時間が五時間未満の場合はその勤務一回につき一八〇円とする。」と定められた。
そうすると静岡県教職員の給与に関する条例未制定の期間においては、静岡県下の公立学校の教育公務員は宿日直手当につき国立学校の教育公務員と同一に取扱われるべきこと前叙のとおりである以上昭和二八年一月一日以降に属する前認定の被控訴人の宿日直については右人事院規則第二条によつて定められた宿日直勤務一回につき金三六〇円の宿日直手当(但し勤務時間が五時間未満の場合はその勤務一回につき金一八〇円の手当)が支給されるべきであつたといわなければならない。
(仁分 池田 右田)